ガンダムAGEの2話、3話を作り直す 下正面の大型モニターには、右足のない紺色のMSが、コロニー港に向かっている様子が映し出されていた。 「UEのMS……トカゲ型! 1機、高速で接近しています!」 オペレーターの発するかん高い声が、ブリッジの空気を振るわせた。 「ディーヴァ、急速発進! 手はず通りだ! 全砲門、攻撃準備できてるな!? 出港次第、UE機に攻撃を集中しろ!」 《遅れたか? ……いや、間に合うはずだ》 グルーデックは、ディーヴァの艦橋で指揮を取りながら、不慣れなクルーを怒鳴りつけたい衝動を抑えていた。 ――大丈夫だ、焦ることはない。敵はMSが1機、撃墜できるはずだ。自分が怒れば、若いクルーたちを萎縮させてしまう。 グルーデックは、後方の席に座るブルーザー司令を見た。落ち着いている。貫禄さえ感じさせる。自分には、あの人ほどの人望はない。冷静にならねば、と思った。 その横には、マーシナー委員が座っていた。マーシナーは緊張からか、蝋人形のような固い表情をしていた。ふるえる唇を重そうに開いた。 「グルーデック艦長……。あのUE機は、待っていれば、そのまま遠くに行ってくれるようなことはないのか……」 グルーデックは一瞬、反論すべきか迷った。が、あえて言った。 「……馬鹿なことをっ! 正体不明の敵が20万人の避難するコアに近づくのを見て何もせず、通り過ぎてくれることを祈って待てというのですかっ!?」 「す、すまない……」 マーシナーは、体を小さくして黙った。 たしかに、マーシナーの言うとおりだった。あのUE機は、攻撃が目的ではないのかもしれない。クルーの中にも少なからず、そういった考えをもった者もいるだろう。しかし、その確証はまったくない。 点火していたディーヴァのエンジンが、巨大な火柱を噴いた。戦艦が、徐々に加速し、港の出口へと向かった。 戦闘が始まろうとしていた。 * デーラのMSガフランは、コロニーのコアブロックを目指して加速した。 損傷したとはいえ、ガフランの性能は確かなものだった。 数で劣るヴェイガンは、このMSの性能で、連邦軍の艦船やMSを、数え切れぬほど沈めてきたのだ。 デーラの前に、巨大なコアブロックが近づいてきた。 とはいえ、巨大な建造物との距離は、目で測れるものではない。実際は、到着までにまだ時間がかかるだろう。 コアにまで避難すれば、今日の仕事は終わりだ。上官への報告も忘れない。簡単なものだ。 が、そのとき――デーラは、コロニー港から滑り出してくる、小さな船を見つけた。小さいとはいえ、それはコロニーとの対比であって、実際はガフランよりずっと大きい――戦艦だった。 見たことのない形をしていた。新造の戦艦か。 戦艦の動きは早かった。どんどん速度を上げ、ガフランとコアブロックとの間をさえぎるように移動した。計算しつくされた動きだ。 《しまった! これが狙いかっ……!》 コロニーのコアは、無防備ではなかった。敵は少ない戦力を集中させていたのだ。 すぐさま、戦艦から攻撃が放たれた。光の砲弾が、横殴りの雨のように降りそそぐ。 どうする――距離が近い――これでは逃げても背後から撃たれるだけだ。 連邦の賢い指揮官は、この最高のタイミングを、それこそ何時間も待ち続けていたにちがいない。 退けない――なら、落とすか――接近さえすれば、どんな戦艦でも落とせる。ガフランの対艦戦闘能力は絶対だ。 《隊長なら、きっと前に出る》 デーラの隊長は、少年でありながら、どんな攻撃もバカにしたように避け、単機で戦艦さえも沈めた。 《やってやるっ……!》 子どもにできて、自分にできない理由があるか。戦艦なら戦果――スコアになる。 ガフランは光の雨の中を、敵の戦艦に向かって突き進んだ。 * 紺色のMSが一直線にディーヴァに迫っていた。MSは、艦砲射撃の雨をかまいもせず、くぐり抜けてくる。 グルーデックは、UEのMS型の性能に改めて驚かされた。無重力下の運動性では、連邦軍の主力MSジェノアスの比ではない。設計思想からして違うのだ。連邦軍の戦艦が無力化されたのも納得できる。 このMSを人間が操縦していたとしたら、そのパイロットの度胸も練度も並みではない。 《当たれっ……!》 1発でもいい。主砲クラスの砲撃が当たれば、UE機は落ちてくれる。反対に、当たらなければ、どうなるか。 《たのむ……! 当たってくれ!》 再度、グルーデックが祈ったときだった。 主砲から飛び出した巨大な光の束が、UE機に当たった。 が、浅い。UEは左腕を融解させて失ったが、スピードは落ちなかった。状況は変わらない。 「UE機、距離近づいてます! あと20!」女のオペレーターが叫んだ。 《ここまでか!》 「MS部隊を展開させろ! UEの進路をふさぐように待機。射線には、絶対に入らせるなよ!」 「MS隊、マックス機、オリヴァー機、出撃してください!」 すぐさま、オペレーターも指示を出した。 「はっ、はいっ! マックス機、出撃します!」 モニターに映ったマックスは、傍目にも気の毒なほど緊張していた。 「あいよ! オリヴァー機、出るぜ!」 それに対し、オリヴァーが余裕の表情なのは、絶望的な状況であるほど、沈んだ顔を見せないようにするぐらいの経験は積んでいたからだった。 《ジェノアス2体で、どこまでふせげるか……》 UEの接敵をゆるせば、ディーヴァが沈む。20万人が避難するコアも、どうなるか。 艦長であるグルーデックに打てる手は、すでに限られていた。 * MSガフランは、左腕を失った。しかし、爆発する直前、腕を本体から切り離すことで、被害は最小限におさえた。 《かまうものか、腕の一本なぞ!》デーラは意気込んだ。 お返しに、残った右腕に内蔵された近接武器――ビームサーベルで、あの船の艦橋を切り裂いてやる。 《ガフランの対艦性能の優秀さを、今再び連邦軍に見せつけてやる!》 もう少しで、連邦の戦艦に接敵できる。勝利は目前だ。ガフランを焼き殺そうとする光の雨など、怖ろしいものではない。 と、再び戦艦から放たれた光の束が、今度はガフランの右腕をかすった。 装甲が溶ける。しかし、直撃ではない。 このまま近づけば、やはりデーラの勝利にちがいない。 ――が、ドロドロに溶けた腕は、高熱に耐え切れず爆散した。 《おのれ! まだだ! まだ接近さえすれば……》と、思った次の瞬間だった。 ガフランのわき腹を、光の砲弾が貫いていった。 MSの上半身と下半身がはなれかったのは、鋼鉄のシャフト1本のためらしかった。 《終わった? もう、終わったのか?》 デーラは、急に体中の血が抜けていくような、奇妙な感覚を味わった。 《運がなかった……か?》 あの少年――隊長だったら、なんと言うだろう。 きっと、こう言った。 「デーラ、お前は鈍いんだ」 あの子どもは天才すぎて、言っていることの半分も理解できなかった。だから、やはり“自分は運がなかった”と思うことにしよう。 《だが、連邦軍の切れ者よ、お前も運が悪い》 ガフランの速度は落ちなかった。 ボロボロの機体は火の玉のようになって、敵戦艦の艦橋を一直線に目指した。 連邦のMS2体が、最後の砦とばかりにガフランの進路をふさいだ。 が、止められまい。このスピードは。 機体のあちこちで爆発が起きていた。爆音と衝撃とが、次第に近づいてくる。 ついに、それがコックピットまで達したとき、デーラは叫んでいた。 「リアンンッー!!」 それが、この男の最後の言葉になった。生まれたばかりの娘の名前だった。 3ヶ月に1度だけゆるされる、本国との通信で、先日、2ヶ月になった姿を見たばかりだった。 * 「UE機、なおも接近! 減速しません!」オペレーターの悲鳴が響いた。 「対ショック防御! 艦内にも通達!」グルーデックは指示を出した。 UE機が衝突する。肉眼でもはっきり見えた。 高熱で真っ赤に染まったボロボロの機体は、まるで復讐に駆られた幽鬼のようだ。 「対ショック防御! ブリッジの防御壁、下ります!」 「艦橋から全クルーに通達! 衝撃に備えてください! 繰り返します――」 オペレーターが、艦内の全部署に目のまえの危機を伝えた。ブリッジの内と外に、防御シャッターが下りる。クルーたちは、仕事の終わったものから先に、体を固定するためのベルトを締めた。 グルーデックが、最後の指示を出した。 「MS隊、前へ!!」 待機していた2体のジェノアスが、前に飛び出した。盾を前にした2機は、少しもためらわず、迫り来るUE機と正面から衝突した。 UEは衝撃で、腰から下があらぬ方向に曲がった。艦橋からはなれるように勝手に飛んでいって、爆発した。 が、UE機の上半身は、なおも止まらない。2体のジェノアスが押し返された。その背中が、ディーヴァの艦橋に当たった。 ブリッジが揺れた。直後―― ――ガガガガガアァッッ!! UE機が、激しい光を放って爆発した。 天地をひっくり返すような、爆音と衝撃だった。 * グルーデックは、シートからはじき飛ばされていた。一瞬だけ、気を失っていたらしい。 体のあちこちが痛んだ。天井か床に、どこかをぶつけたらしかった。 大きな怪我はなかった。が、耳が聞こえなかった。というより、さっきから耳の奥で、なにかわからないノイズだけが、うるさいほど鳴っていた。 《状況を確認せねば……》 グルーデックは、ブリッジを見渡した。あたりには黒いモヤが立ち込めている。空気の流れは、わずかなようだ。艦体に致命的な損傷がないことは、安心できる材料だった。 クルーを見た。何にぶつけたのか、額から盛大に血を流してうなる男。怪我はなくとも泣きながら、うずくまる女の姿が見えた。 「キャアアアァァッ!!」 遠くで女の悲鳴がした。が、近くにいるオペレーターにちがいなかった。 「なんだ!? 悲鳴ではわからん!」グルーデックは怒鳴った。 「しっ、司令がっ!」 《司令? ブルーザー司令がどうしたというのだ!》 グルーデックは、やっとの思いで立ち上がると、後方のブルーザーを見た。 シートに座るその姿は、さきほどと変わりがない。しかし、やはり、なにかがおかしい。 「怪我をされたのか!?」グルーデックは声をあげた。 腹部に刃物のような鉄片が突き刺さっていた。それは体内に深く入り込み、一見すると何もないように見えたのだ。 シートの上から床まで、滝のように血が流れていた。 「救護班を! 急げっ!」 「は、はい!」 オペレーターに指示を出したあと、グルーデックはしばし呆然としていた。 自分たちの行く末に何が起きているのか、理解する時間がほしかった。 そこに突然、ノイズまみれの通信が入った。 「ブリッジ、生きてるか!? ジェノアスのオリヴァーだ! 機体は大破したが、俺に怪我はない。――が、マックスから応答がないんだ! 回収を急いでくれ!」 《そうだ。役割を果たさねば……》グルーデックは目が覚めた思いがした。 「怪我をした者は、救護班が来るまで、その場で待機! 動ける者は、第2艦橋に移動しろ! 状況の把握に努め、適切に指示を出せ!」 「艦長は! どうされるのです!?」男のクルーがたずねた。 「あとで行く。それまでのこと――頼む」 グルーデックは、ブルーザーのもとに歩み寄った。怪我を確認すると、ひざから下の力が抜けるようだった。 「すぐに、救護班がまいりますっ……!」 ブルーザーの血は、止まらなかった。触れることすらためらわれた。床の上では、赤い湖が広がっていった。 隣の席には、マーシナーがいた。錯乱したようにベルトと格闘し、それを解くとシートから転げ落ちた。 マーシナーは、床に尻をつけながら、側面の壁を指差して言った。 「あっ、あれが、飛んできてっ……!」 防御壁が外からの衝撃で、内側に向けて大きく破損していた。その一部が、司令を襲ったのだ。 《あんなものが……。あんなもののせいでっ……!》 グルーデックは考えていた。何がわるかったのか。判断の、どこにミスがあったのか。最善のことは、やったはずだった。それが、こんな結末になるとは……。 世界が回っていた。人の都合など、お構いなしに。 「きみも、行きなさい………」 ブルーザーの言葉が、グルーデックを引き戻した。 ブルーザーが弱々しく差し出す手を、グルーデックは両手で包むように支えた。 「行けませんっ……!」グルーデックは、うなるように言った。「あ、あなたが……いなくなったら、私は、私たちは、どうすればっ……!」 グルーデックは困惑していた。実質的な指導者であるブルーザーを失って、これから自分たちの困難な使命が達成できるとは、とても思えなかった。 ブルーザーは、慈父のような眼差しをグルーデックに向け、一度だけ息を深く吸い込むと、力を絞るように言った。 「フリットを守れ……。あの少年は、我々の行く末を照らす、光になる……」 ブルーザーは、ゆっくりと眠るように目を閉じた。 この高潔な人物に相応しい、穏やかな最期だった。 * 艦内が気持ち悪いほど揺れた。その直後、怖ろしい爆音が、どこからか伝わってきた。 艦内には、磁力による仮の重力があるとはいえ、壁面に備えられた安全ベルトとバーがなければ、エミリーもハロのように、あちらこちらに飛ばされていただろう。 しかし、エミリーがもっぱら心配したのは、MSハンガーが並ぶ格納庫に、少なくなったMSの代わりに居座っている巨大なタマゴのような置物が、こちらに転がってきやしないかということだった。 祖父のバルガスは、その機械のタマゴが、最新の自動工作機械であると教えてくれた。ひとつで、工場のラインひとつ分に当たるという。ガンダムを造った機械であるとも、早口で教えてくれた。 揺れが収まったのを確認すると、エミリーは機械のタマゴ――AGEビルダーに近づいた。大きい。横幅は、MS3体分ほどあるだろうか。見上げても、上のほうが見えなかった。 透明感のある白い塗装は、フリットの乗ったガンダムと同じものに思えた。 《フリットは、どこに行ってしまったのだろう……》 バルガスとともに、どさくさに紛れて戦艦に乗り込めば、フリットとも、はぐれずにすむと思っていた。しかし、フリットはいない。まだ、あのガンダムに乗っているのだろうか。 エミリーの胸の奥に、重くて冷たいものが広がってきた。 フリットは、また過酷な戦いに、巻き込まれてはいないだろうか。あの少年は、機械とプログラムに強いだけで、あとは本当に普通の少年なのだ。 フリットが戦う運命にあったとしても、どうか命だけは、無事でありますように――エミリーは、祈らずにいられなかった。 「おぉい! AGEビルダーを立ち上げるぞ。ディケ! 手伝ってくれ!」バルガスの大きな声が格納庫に響いた。 「は、はぁい……」 若いディケのほうが、よっぽど元気のない声だ。 UEの攻撃で人手が足りなくなったせいで、戦艦“ディーヴァ”では、機械科の生徒であるディケも、さっそく手伝いをさせられていた。 そうだ。ディケは昨日から、なにも食べていないと言っていた。エミリーは、ディケのために食堂から簡単な食事をもらってくる、と約束していたのだった。 「ごめんね、ディケ! 今すぐ食べ物をもらってくるから!」 「た、たのむよ、エミリー……」ディケは、ふらふらしながら、バルガスのもとに向かった。 エミリーは駆け出した。慣れない船の中は、とびきり広く感じた。だけど、今は、自分にできることをするのが自分のためでもあると思った。 * 《落ちるっ!》 2体のMSが並んで、やっと通れるほどの通路だった。下へ下へと続く、コロニーの外壁につながるという道。フリットのガンダムは、落ちるように降りていった。 機体は自由落下で、どんどん加速していった。本来は、このような降り方をする通路ではない。しかし、今は、背後から黒いMSが追ってきていた。 恐怖で思わず声が出そうになる。ひざの上にいるユリンは、なぜ平気そうな顔をしているのか、問いただしたかった。 エミリーもそうだが、きっと女の子は、ジェットコースターなどが平気な人も多いのだろう。今のフリットには、それ以上の考察はできそうもない。 通路は、コロニーの構造に合わせ、微妙にカーブしていた。フリットは、機体を壁に当てないように操作するのが、やっとだった。 「出口が!? 閉まってるっ!?」 やっとたどり着いた出口らしい鋼鉄の扉は、固く閉じられていた。 ぶつかる! 減速するか? が、背後から敵が迫っている。このままでは――。 「開くわ」ユリンが静かな、しかし、確信に満ちた声で言った。 操縦桿を握るフリットの汗ばんだ右手に、ユリンの左手がそっと添えられた。ユリンは、波紋ひとつない湖面のような澄んだ目をしていた。その心が、手と手を通して、伝わってくるかのようだ。 フリットは覚悟した。 ガンダムが、逆さまになって落ちていく。その顔が鋼鉄の扉に衝突する瞬間、約束されていたように出口が開かれた。 体側のパーツが、どこかにぶつかった。が、大きな衝撃ではない。 フリットのガンダムは、宇宙空間に投げ出された。 背後には、巨大なコロニーの影があった。まるで世界の果てにある壁のようだった。 前方には、なにもない。本当の真空だ。その先には、何光年も離れた星がギラギラと光っているだけだった。 宇宙の民であるフリットは、この広大な空間に慣れているはずだった。が、このときは、なぜか寂しさを感じずにはいられなかった。 ガンダムが出てきた扉が閉じようとしていた。その隙間を縫うように、黒いMSが飛び出してきた。 「こいつ!」 UEは、あっという間にフリットに追いつくと、すぐ横を高速ですり抜けていった。そして、振り向きざまに左手を構えると、内蔵された武器の照準をガンダムに合わせた。 * 黒いMS――ヴェイガンの誇る最新の指揮官用MS“ゼダス”。そのコックピットには、少年が乗っていた。フリットと同じぐらいの少年だ。 デシル・ガレット。 デシルは今、新しく見つけた遊びに夢中だった。目の前にいる白いMSと、たわむれることだ。 あいさつ代わりに放ったビーム砲は、白いMSの肩をかすめ、装甲をいくらか溶かした。こいつは、今までの連邦軍のMSとは、ケタ違いな性能の装甲を持っているようだ。しかし、ダメージが通ることは確認できた。 楽しくなりそうだ。 MSゼダスのレーダーが、連邦軍の大型艦船の存在を示していた。大型といっても、巨大なコロニーと比較すれば豆粒よりも小さい。 拡大して見ると戦艦らしき船は損傷を受け、活動を停止しているようだった。 その先は、コロニー中心のコアブロックを抜き出そうしている作業の様子が見えた。 《落とすか?》 戦艦と、数十万人の敵人種の命。落とせば、それなりの“スコア”になる。 《やめよう》今のデシルには、興味がわかなかった。 “スコア”とは、まさに得点だ。ゲーム内の通貨や経験値のようなものと思えばいい。ヴェイガンの兵士なら、だれもがスコアのために戦っていた。 だれが考えたか知らないが、よくできたシステムだった。が、そのために無謀な戦いで命を落とす者も多くいた。 バカだ。そんなバカを知っている。 《ククク……》 あいつだ。自分と同じ歳で、同じく若年指揮官として配属された。高いスコアのターゲットばかりを優先していた。スコアだけならデシルを上回っていた。実際、実力もあった。 でも、死んだ。 あいつは、スコアを上積みするために、わざわざターゲットでもない敵戦艦の群れに突っ込み、自分で落とした戦艦ごと、敵艦の砲撃に撃ち抜かれた。 《クッ、フフフッ……!》 バカだ。スコアなんて、ただの手段だ。目的ではない。そんな現象に目を奪われるばかりで、本質がまったく見えていない。どんなに強くっても、それではサルと同じではないか。 「クハハハッ!」 いかん、いかん。つい声を出して笑ってしまった。 あいつもそうだが、デシルのまわりにいる人間たちは、総じて本質を理解できていなかった。本質とは力だ。力さえあれば、スコアなんてどうにでもなる。 その力のためには、自らを鍛え上げることが何よりも優先されるのだ。 では、鍛えとは何だ? 大事なのは、楽しむことだ。子どもは、楽しみながら成長するではないか。今の自分のように。 《クククッ……!》 さぁ、ボクを楽しませろ。そして、お前も、ボクの血肉になるがいい。 * 黒いMSが左腕から、光の砲弾を放った。フリットのガンダムは、それをギリギリでかわす。が、近すぎたせいで、腹部の装甲の一部が融けた。 《威力がある。 初めて戦った、UEとは違う……!》 ガンダムのレーダーが、戦艦“ディーヴァ”の存在を示していた。 ユリンを乗せたままで、このUEと戦うわけにはいかない。すぐにでも、ディーヴァと合流すべきだった。しかし、さっきからいくら試しても通信がつながらない。 ミレースは、これからUEとの戦闘になる、と言っていた。見たところ戦闘はしていない。ディーヴァにも大きな損傷はないようだ。 が、なにか不吉なことが起きていることは、たしかだった。 《このUEを、ディーヴァやコアブロックに、近づけるわけにはいかない》 平行して飛行するUEの左手から、光が噴き出した。ガンダムは、機体をロールするように、ビームの砲弾をかわした。 さきほどから何回も、こんなやり取りが繰り返されていた。 この黒いMSは強い。運動性も、(いるなら)パイロットの技術でも、ガンダムを上回っている。 武装については比べ物にもならない。今のガンダムにある唯一の武器は、初戦でUEを倒したビームナイフだけだった。 未熟なフリットとテスト段階の機体が、ここまで致命傷を負わずにいられたのは奇跡に近い。 今のフリットは、UEの攻撃が放たれる前に、その攻撃がどこに届くのか、わかる気がした。極限状況の連続が、自分に新しい力が目覚めさせた――、そうとしか思えなかった。 フリットは、ユリンを見た。この状況を共有している少女は、なにを思っているのだろうか。 ユリンは、前を見ていた。戦うすべをもたないはずの少女が、挑みかかるように敵を見すえていた。 フリットには、わからなくなった。 この少女は、なんなのか。なにをしているのか。自分の変化は、一体、なんなのか――。 そのとき、一条のひらめきが、フリットに答えをもたらした。 * UEが左腕を構える。 ――危険だ。その心か、思考が、ユリンの左手から、フリットの右手を通して伝わる。 ――攻撃がくる。が、それはさっきとはちがうタイミングのはずだ。攻撃を避けようとしたとき、避けた先に本当の攻撃がくる。 「フェイク!」 ガンダムが右側に避けるそぶりを見せて、その場にとどまった。 UEの放った光の束は、ガンダムの右肩をかすめていった。 理屈では説明のつかないことが起きていた。 「ユリン……君は……?」 ユリンは、切れ長の目を伏せ、初めて悲しみの表情を向けた。 「フリット、ごめんなさい……わたしは……」 フリットはわかった。これだけで、ほとんどのことがわかった気がした。 この少女には、不思議な力がある。それが天から授かったものか、努力によるものか、それはわからない。 が、同時に深く傷ついている。 少女は、この力のために周りの大人たちから、奇異な目で見られてきたにちがいない。 初めて会った時、ユリンは乗るように促したガンダムの手を、怖れたように、あとずさった。しかし、それは怖かったからではない。 きっと、この少女は、人々から不思議な力を怖れられていた。そうしているうちに、自分が本当に怖ろしい存在であると、思うようになってしまったのだ。怖かったからではない。怖がらせないために、あとずさったのだ。 《そんなことって、あるのか……!》 フリットは怒っていた。目の前の敵にではない。見えない敵に。少女から伝わる悲しみが、少年の感情に火をつけていた。 「ユリン、君が謝ることではないんだ」 「……」ユリンは、こぼれ落ちそうな瞳を、フリットに向けていた。 「君のおかげだったんだ。僕を助けてくれていたんだね。ありがとう……」 「フリット……」 ユリンは言った。 「あなたの命は、私が守るわ」 ユリンは、再び前を見すえていた。その横顔は、美しい戦士のようだった。 少女は戦っていた。目の前の敵とだけではない。明日がどうなるかもわからない暗闇の中で、ずっとひとり戦っていたのだ。 * 《こいつも能力者かっ! クククッ!》 “能力者”との実戦は、初めてだ。ヴェイガンの演習では幾度かあったが、連邦にも能力者がいるとは思わなかった。 やはり、こいつは面白い奴だ。ボクの勘は、よく当たる。 そろそろ本気で当てようとした攻撃まで、かわされた。“能力”だけなら、ボクに匹敵するものをもっているだろう。 《“能力”だけなら》 操縦技術は未熟だ。MSには、まともな武装すらない。いつまでも、この攻撃は、かわせまい。 しかし、戦意がある。どんなに強い敵にも、怯まず戦おうとする強い心。 その意志が一瞬でもくじけた時、ゲームは終わりだ。一気に殺す。 それまでの短い付き合いになるだろう。ボクの勘は、よく当たる。さらば、友よ! 「ウハハハハハッ!!」 * 戦いながら、フリットは昔みた“古い絵”のことを思い出していた。 豊穣の女神に祈る少女の絵。 初めフリットは、その絵の少女のしていることが無駄としか思えなかった。 だって、そうだろう。豊作を祈るなら農業の研究を、病気になりたくなければ医療の研究をすればいい。もちろん、その時代の専門家がやっているはずだが。 だけど、今はこう思った。 あの少女の祈りこそ、人類を今日まで、なんとか、まちがいなく進化させてきた“原動力”だったのではないか――と。 少女は、ただ一心に祈っていたのだ。作物の豊作を、家族の健康を、自分と皆の幸福を。そして、その祈りのままに、ただ一心に生きたにちがいない。 それが、生きるということだった。 惑星が、その運行をあやまたないように。地球では毎日、太陽が昇るように。それが、人間の生きる軌道だったのだ。 少女は、ただ自分にできる、全てのことをやっていた。なら、自分もやろう。 少年の心に、再び太陽が昇ろうとしていた。 少年は進化していた。 * フリットは、何度目かとなるディーヴァへの通信を試みた。 ブリッジには、やはり通じない。 が、今度は直接、整備室と回線をつなげた。期待通りにバルガス班長が出てくれたことは、ありがたかった。 「フリット!? なにをしている! 今、どこにおるんじゃ!?」バルガスは、まくしたてた。 バルガスの脇を固めるように、エミリーとディケがいたことには、おどろいた。 「フリット! 無事なの!?」 「なにやってるんだよ、お前! その女の子、だれだ!?」 「エミリー、ディケ、君たちこそ、なんでディーヴァなんかに……。い、いや、話はあとだ。バルガス!」 「おう! なんじゃ?」 「 AGEビルダーは使えるね!?」 「うむ。ディーヴァに運び込んで、起動作業までおわっとる」 「ビルダーで、ガンダムの武器をつくるんだ。それを射出してくれ。ガンダムで受け取る。こっちは、UEのMS型との戦闘になっているんだ!」 「な、なんじゃと!?」バルガスは叫んだ。 「ビルダーに“インゴット”はセットされているね?」フリットらの技術者たちは、AGEビルダーで扱う資材を“インゴット”と呼んだ。 「おう。時間がなくて、多くを積め込めなかったが、MSの武器ぐらいなら、なんとかなるじゃろう」 「あとは受け渡しか……」 「デッキの射出機構は使えるぞ。機関室と直接、連携を取れば、船体の向きぐらいなら変えられる」 「よし。なら、いける。ありがとう、バルガス。これから武器を設計して、そのデータを送る」 「設計を!? これからか……」 バルガスは、戸惑った。MSでの戦闘中に武装をつくるのも、それを受け渡すのも前代未聞だが、設計までするとは。 「UEの装甲は特殊だ。絶対に倒せる武器でないといけないんだ。必要なことがあったら、こちらからまたつなぐ」 フリットは通信を切ろうとした。そこにエミリーが割り込んだ。 「フリット! 無事で、帰ってきてね……」 「ああ! みんなが待ってくれるから、僕は必ず帰るよ」 フリットは笑顔を向けた。通信を切った。 * フリットは、ユリンとともに黒いMSを見すえた。 昨日の戦いで、連邦軍のMSジェノアスの標準武装“ビーム・スプレーガン”が、UEの装甲に、まったく効かなかったことを見ていた。 ガンダムの専用武器として、すでに設計されていた“ビームライフル”であってもUEに通用するとは限らない。新たな武器の設計が求められていた。 フリットは、タッチパネルに手を伸ばした。ガンダムに搭載された分析装置“アナライザー”を起動させようとしていた。 正体不明の敵を分析するため、技術者に反対意見もあるなか、ブルーザー司令の決断であえて搭載された機能だった。 「フリット! 敵がくる!」ユリンが叫んだ。と、同時に、思考が流れ込む。 UEが高速で接近した。右手から剣状のビーム兵器を伸ばしている。ガンダムに向かって、ビームソードをなぎ払った。 フリットは、機体をUEの死角になる右手側に回り込んで、攻撃をかわした。その一瞬、アナライザーを起動させた。ガンダムの額と胸にあるアナライザーが、音もなくUEの姿を捉えた。 アナライザーが得たデータと、データバンクにある数少ない過去のデータを照合し、システムが解析を始める。 結果は、すぐに出た。 モニターのウィンドウに、システムが組み上げた黒いMSの3Dモデルが表示された。UEの両腕部に、特殊な機構がある。システムは、それを“ビームシールド”と推定した。技術だけはある、連邦軍のMSには実装されていない機構だった。UEは武器だけでなく、優れた“防具”まで内蔵していたのだ。 《装甲強度は?》 システムが推定値を表示した。やはり特殊な装甲だ。 ビーム系兵器の大きな熱量を分散させ、ダメージを軽減させる仕組みがあると推測された。UEの装甲を打ち抜くには、強力な実弾攻撃か、単純計算でビーム・スプレーガンの4倍以上の威力が必要だった。 「上から!」ユリンが言った。 頭上から、近接攻撃がきた。高速で襲いくる、光の一閃。ガンダムは、仰け反るように、それをかわした。 近い。確認せずとも、胸部装甲が溶けているはずだ。 UEは、しびれを切らしたのか、リスクのある近接攻撃が多くなっていた。 格闘戦であれば、今の武器でも勝てる可能性がある。しかし、今は新たな武器の設計を急ぐべきだと、フリットは思った。 * またかわされた。 《クフッ……》 デシルには、さっきから気になる感じがあった。白いMSは、消極的に動きながらも、戦意は失っていない。なにかを秘めている。 なにを狙っている? 気になるのは、それだけではない。ノイズだ。能力者同士の戦いに、よく起きる現象だった。 先手の読み合いの読み合いを続けていけば、やがては意味がなくなる。脳の中に、ノイズがかかって、敵の“手”が見えないことがある。結局、最後は、経験と反射で勝負が決まる。 しかし、それより、もっと大きな問題がある。この戦い、勝つのはボクだ。当然だ。白いMSは、まともな武装もないのだから。 それが問題だ。勝敗の決まった戦いほど、つまらないものはない。 《ククッ!》いいことを考えた。 お前に、ほんの少しだけ勝つチャンスをやろう。その少ない可能性がついえたとき、お前の心は、くじける。本当の意味で敗北する。 だから、ボクを楽しませてくれよ。 * 生物の進化のシステムを模して作られた“AGEシステム”。 今、システムが、フリットの前に“進化の可能性”を提示していた。 ディスプレイに羅列された、数十から百を超えようという武器の設計案。フリットは、その中から現在の技術、資材で、最も効率的に作り出せる設計を選び出していた。 武器を作り出すのは、戦艦ディーヴァにあるAGEビルダーだ。ビルダーには、連邦軍の最新技術が、常に更新されている。逆にいえば、今の連邦軍に作れるものしか作れない。 フリットが選んだのは、遠距離用のビーム系兵器。 UEの装甲を撃ち抜くには、連邦軍MSの標準武装“ビーム・スプレーガン”の4倍以上の威力が必要だ。が、今の状況で作れるのは、出力を2倍にしたものまでだった。 《他のやり方はないのか……》 データバンクにアクセスしたシステムが、主人の命令に応えようとする。そして、ひとつの答えを発見した。 DODS(Drill-Orital Discharge System)。 ビーム兵器の大きな熱エネルギーを、ドリル状のスピン回転で収束し、貫通力を増すシステム。開発されただけで、実装されていない技術だった。DODSを使えば、威力を2倍以上にできるという。 フリットは、まだ、この時は、気がつかなかった。DODSの共同開発者の一覧に、母マリナ・アスノの名があることを。 「よし! いけるぞ!!」 フリットは、設計データをディーヴァに送信した。あとは最速で10分。UEの攻撃をかわし続け、射出された新たな武器を受け取る。 「はぁ、はぁっ……」ユリンの息があがっている。 決着の時が迫っていた。前方で、UEが左腕を構えた。 攻撃だ。 が、左手から放たれたのは、光の砲弾――ではなく、ワイヤー? フリットは機体を横にして、ワイヤーを回避した。が、ワイヤーは突然、向きを変え、先端についた爪を開いて、ガンダムの右腕を掴んだ。 「なんだ!?」 特殊な攻撃――ではない。ただのワイヤーだ。ガンダムとUEのMSは、一本のワイヤーロープでつながれた。 《なんだ、これは……?》 鋼鉄製であっても、こんなロープは“ビームナイフ”で簡単に焼き切れる。 UEは、右手からビームサーベルが伸ばした。つながった状態で、格闘戦を仕掛けようというのか。それはUEにとって、不利なだけではないのか。 《なにを、考えている?》 その時、フリットに怖ろしい直観があった。 《こいつは、あそんでいる》 UEは、人間だ。しかも、こいつは、とびきり狂った人間――。そうでなければ、この不条理な行動には説明がつかない。 「お前! 何でこんなことをする!?」フリットは、接触回線で言った。 「クククッ!!」 人の声。しかも、自分と同じくらいの子どもの声だ。 「ブツッ……!」回線は、途絶えた。 足元が崩れるような錯覚がした。ここが宇宙空間であることを、思い出してしまいそうだ。 《母さんを殺したのか……、こんなヤツらが……、子どもが……》 フリットは、泣いていた。悲しいことが起きたからではない。悲しみの中にいたことを、やっと知ったからだった。 世界は、残酷につくられていた。 * あの時、炎と瓦礫の山に飲まれんとしていたフリットの母親は、寄り添おうとして近づいた幼いフリットを、最後の力で押し戻した。 そして、なにかを言った。 その言葉は聞こえなかった。が、なにを言いたかったのかわかった。 ――生きろ、と言ったのだ。 そして、今、フリットにとって生きるとは、目の前の敵と戦うことだった。 「フリット……」 ユリンの左手が、フリットの右手に重ねられていた。そっと優しく、力が入った。 * ガンダムが、UEとワイヤーでつながれた右腕を引いた。その力で2体のMSの距離が一気に縮まる。 UEは、接近しながら右手の光の剣をないだ。 ガンダムの左手は、UEの右腕を、寸前で押さえつけた。 2体のMSの胸と胸、顔と顔がぶつかる。ついに、ゼロ距離になった。声を上げれば届きそうだった。 「お前は! 何者なんだ!!」フリットは言った。もちろん、返答はない。 UEが掴まれた腕を解き放とうと、もがいた。 しかし、ガンダムのパワーは、UEを上回っていた。 《接近戦は、まちがいではない……!》 フリットも動きが取れない。が、これでいい。 次に動くときは、このUEを倒すための武器が届くときだ。 * AGEビルダーが、うなりを上げて起動した。 フリットの指示を受けて動き出した、巨大なタマゴのような工作機械。これが生み出すものによって、人々の運命が変わっていくのだろうか。 エミリーには、不思議な気持ちがした。 しかし、運命とは、そういう唐突なものかも知れなかった。だから、人は一瞬一瞬を大切に生きるのだと、どこかで学んだ。 エミリーは祈った。 この思いを聞き届けるものは、あるのだろうか。 それでも、祈った。 奇跡が必要なら、いくらでも起きろ――と。 * 「フリット! できたぞ!」バルガスから通信が入った。「ガンダムの武器――“ドッズ・ランチャー”じゃ!」 ――できた。ついにAGEビルダーが、決戦のための武器を生み出した。 「これから射出する! ランチャーが近づいたら、グリップの半径5メートル以内に手を伸ばせ。あとは、システムが自動で認識して掴んでくれる!」 「ありがとう、バルガス。これで、決着をつける!」 「いくぞ! フリット――、勝てっ!!」 バルガスがコンソールのレバーを勢いよく引いた。MSデッキの上のドッズランチャーが、フリットのガンダムを目がけ一直線に撃ち出された。 * デッキから射出された“ドッズ・ランチャー”が虚空を走った。 真っ黒で無骨な、銃というより、棒のような形状。全長は、MSの身長よりも大きい。 ランチャーは、格闘する2機のMSのもとへ、音もなく突き進んだ。 * 《なんだ……?》 デシルのゼダスが、近づく物体を感知した。 《援軍? ……ちがうな。これは……、武器?》 そうか。白いMSは、こいつを待っていたのか。戦況をくつがえす、逆転のための武器。 しかし、受け取れるか? この状態で。いや、受け取るための、この状態か。迎撃されないために。 《フフッ! 面白い》 では、この武器をボクが取り上げたら、お前はどうする? 逆転のための最後の希望を奪われたら、お前はどんな顔をする? お前の強い心は、やっとくじけるのか? 「ハハハッ!」 面白い。好奇心が、止められない。 デシルは、そのために生きているのだから。 * ガンダムの武器“ドッズ・ランチャー”が、絡み合う2体のMSに近づいた。 ゼダスの背後から。ガンダムの前方から。 最初に動いたのは、フリットのガンダムだった。ほぼ同時に、デシルのゼダスも動いた。 速い。ゼダスの右手は、すぐガンダムに追いつき、かわしていった。 ランチャーが2機に迫る。グリップの形状まで、目で見える距離だ。 ゼダスの手のひらが、グリップの5メートル以内に入った。 * 指先が、ランチャーのグリップに届いた。 《勝った! ボクの勝ちだ!》デシルは確信した。 ガンダムの右手は、ゼダスの肘までしか届いていない。 《鈍い!》 白いMSは、悔しがるように、右手を握っていた。 《握っている?》 ガンダムの手の中に、白いスティック状の物が見えた。 デシルの思考が追いつくのと同時に――ガンダムの手から、光の剣が現れた。 ビームナイフの光る刃は、ゼダスの右手首を正確に捉えていた。 血飛沫のように、火花が上がる。ゼダスの右手が切断されていく。 デシルは、ランチャーを破壊するため、ゼダスの右手からビームサーベルを伸ばそうとした。が、遅かった。システムは、破壊された右手首から先を、すでに切り離していた。 「――ハッ! アハッ! アハハハハハッ!!」 こいつ! やっぱり、おもしろい! 同じだ、ボクと! 乾ききった砂漠の上を、ずっと独りで歩いてきた。 だけど、やっと出会えた! 同類と! デシルは、楽しすぎて、涙が出る思いだった。 * フリットのガンダムは、ゼダスの右手を切り落とした。 と、同時に伸ばしていた、もう一方の左手がランチャーのグリップに近づいた。システムが認識し、左手がランチャーを掴み取った。 切り離されたゼダスの右手が2機の間をしばし漂い、爆発した。爆発の衝撃さえも利用して、ゼダスは無駄のない動きで身をひるがす。そのまま、あざやかに変形しながら、退避していった。 * フリットのガンダムがランチャーを構えた。照準の中にゼダスを捉える。 《撃つのか……! 逃げる相手を……!》 フリットは、迷った。いくら考えても、答えは出てくれない。 一瞬が、長い時間に感じられた。 しかし、撃った。操縦桿のトリガーを引いた。 ――ズオオオオォッ!! 機体を震わせながら、ドッズランチャーから光の束が放たれた。真っすぐに、ゼダスの背後に迫った。 * ゼダスの背後に、光の砲弾が迫った。 《見えているんだよ、今の思考はっ!》 デシルは、機体をロールさせた。巨大な光線は、MSゼダスの側面を通り過ぎていった。右腕の装甲が溶けている。右腕はゆっくり崩れ、熱に耐え切れず、爆発した。 《キミの勝ちだ》 豆粒のようになって遠ざかる白いMSを見ながら、デシルは思った。 《こういうこともないと、面白くない》 デシルは退却しながらも、白いMSのパイロットのことを心配していた。初めてできた友人のことを。 《今日は、キミの勝ちだ。が、結局、キミはボクに勝てない。ボクは勝つためなら、なんでもできる。でも、キミはそうじゃない。だから、やっぱりそれまでの短い付き合いになるだろう。残念だが仕方ない》 「デシル! 今までなにをしていた!」突然、デシルの所属するヴェイガンの母船から通信が入った。 「ギーラ・ゾイ――方面司令官、直々のお出ましかい」デシルは、モニターのギーラに向かって言った。 「言葉づかいに気をつけろ。選ばれた子どもとはいえ、私は、お前の上官だ」 「わかったよ。で、また命令違反で減点処分だろ」 「それもあるが……」ギーラは声を落としていった。 「お前を迎えにいったデーラの反応がない。やられたかもしれん」 デシル隊のデーラ・ストマックス。死んだか。あいつは、いつかやられると思っていた。コロニーから出た直後、一瞬だけレーダーに識別が示された気がしたが……。 「隊長である、お前の責任だ、デシル。命令違反は、スコアから500ポイントの減点だ」 《ふん。そんなもので、いつまでも人を縛れると思っている》 デシルは言った。 「連邦の新型MSのデータを集めてやったんだよ。どれくらいのスコアになる? あの新型は、これからの連邦の主力になるかもしれない」 「今、計算させている。……1000はくだらない」 「ハッ!」 そらみろ、俗人。黙って、ボクのやることを見ていればいいんだ。 「フン……!」ギーラは、不機嫌そうに通信をきった。 デシルは、つまらないことなど忘れて、あのMSのことを思った。また、すぐに会うことになるだろう。楽しみが増えたというものだ。 * MSが少なくなってしまった分、広くなったディーヴァの整備デッキに、ガンダムがゆっくりと降り立った。 初戦闘の時と同じように、整備服を着た大人たちがすぐに白い機体に群がった。 エミリーは、少し離れたところから見ていた。 コックピットのハッチが開いた。フリットと黒髪の美しい少女が一緒にいた。 少し、胸が痛んだ。 でも、その痛みの理由は、すでにわかっていたから、エミリーは大きく取り乱すことはなかった。 フリットが、コックピットから降りてくる。片手で、お姫様のような少女をエスコートする様は、まるで騎士のようだった。 エミリーの胸の痛みは、変わらなかった。でも、今は胸の奥から大きく、暖かなものが湧き上がってくるのを感じていた。 《フリットが帰ってきた》 エミリーがぼんやりしていると、フリットが無重力の床を飛ぶようにこちらに近づいた。 エミリーは焦った。 ――いけない。自分は今、変な顔をしていなかっただろうか。髪型は、乱れていないだろうか。たとえ一瞬でも、変なことを考えていたことが、バレはしないだろうか――。 「ただいま! エミリー!」 フリットは、屈託なく笑った。 そうだ、ちがった。フリットは、そんなことは気にしていない。 この少年は、ただ、こう言ってもらいたかったのだ。 「おかえりなさい! フリット!」 <ガンダムAGE〈完〉> |